<ドルとグローバルインバランスのジレンマ>
現在の国際金融システムは大恐慌期とは大きく違っているし、柔軟性も高い。ドル、ユーロ、ポンド、円といった主要通貨と、スイス・フラン、オーストラリア・ドル、カナダ・ドル等の各国通貨は相互に変動するシステムのなかで機能している。
しかし二つの例外がある。ユーロ圏は自国通貨を放棄したが、その結果、ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペインが、1930年代初頭にドイツとイギリスが経験したような問題に直面して対応に苦慮している。かつてと違うのは、これらの国々が欧州中央銀行、欧州金融安定ファシリティー(EFSF)を通じて、困難な時期を乗り越えるために一時的な支援を受けられることだ。
もう一つの大きな例外は、いわゆるドルブロックが存在することだ。1997年、� �998年のアジア金融危機後、金融危機に襲われたアジア諸国の一部は、将来起こるかもしれない国内銀行の取り付け騒ぎやグローバル経済の停滞に対する保険として、ドル準備を積み増していくようになった。
ほぼ同じ時期に、中国はアメリカの消費者に安価な製品を提供する輸出主導の経済成長戦略を強化した。こうしてアジア諸国の多くは、それぞれの目的を達成するために、自国通貨を過小評価した人工的なレートで米ドルにペッグさせることを選択した。ある推定によれば、これらのアジア諸国との取引が、現在もアメリカの貿易の40%を占めている。
現在の中国も、1920年代のフランスのように、自国通貨を過小評価した為替レートを設定し、ドルペッグを維持するために膨大なドル準備を蓄積している。� �内のインフレが輸出競争力を阻害しないようにするには、信用拡大を制限し、この巨額な準備資産を中立化しなければならない。こうすれば、人民元を安く保ち、中国製品の輸出競争力を維持できる。だが、その結果、米中間の貿易不均衡を削減する二つの重要なメカニズムが機能しなくなっている。
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もっとも、ドルが世界第一の準備資産としての地位を保っている限り、このような貿易不均衡も1930年代のようには秩序を不安定化させる危険因子にはならない。1931年のドイツやイギリスとは違って、現在のアメリカは自己裁量でドルを印刷できるからだ。実質的に国際通貨を発行するライセンスを持っているので、国際準備が不足するというリスクに直面することはない。
事実、アメリカは最近の金融危機においても、1931年の英独のようにデフレ圧力にさらされることはなかった。各国が金準備を確保しようとしたために起きたグローバルな流動性の枯渇によって世界経済が大打撃を受けるという事態も回避できた。2� ��08年秋にドル需要が高まったときも、アメリカの連邦準備制度は約6000億ドルを外国の中央銀行に提供して、流動性不足を緩和し、短期的な不安定化要因をうまく解消した。
米中間の貿易不均衡を解消するための二つのメカニズムの一つである中国人民元の切り上げと中国製品の価格上昇は実現していないが、もう一つのメカニズムは静かに機能している。中国が輸出主導の経済成長を維持できるのは、アメリカが中国製品を輸入し続け、巨大な経常赤字を計上することを厭わないからだ。ただし、これにはアメリカの一般家計、企業、連邦政府が借り入れを続けることが前提となる。だが、消費者と政府が今後どれだけ借り入れを増やすことができるかは、経済的、政治的な限界がある。どこかの時点でアメリカの国内消� ��は頭打ちとなり、経常赤字も自動的に減少してくるはずだ。
景気が後退し始めたとき、このメカニズムが機能しているかにみえた。多額の債務を抱えるアメリカの消費者は支出を切り詰め、貯蓄率は急上昇した。中国の輸出もリセッションによって大きく減少した。当時は、中国が経済を成長させるために輸出に大きく依存する路線をようやく見直し、国内消費を重視する経済構造に転換するかにみえた。だが、経済が回復し始めると、アメリカ政府によるマネーサプライの増大によって消費者の倹約志向が薄れ、グローバルな不均衡が再び拡大し始めた。
大恐慌の二次的原因
とはいえ、「経済構造の転換を図ることの政治的コストが大きい」と中国が判断し、グローバル市場の変化を無視して輸出をさらに増やそうとしても、いずれ、アメリカにおける消費の低下という事態に直面する。「中国その他からの輸出」と「世界の他の地域による輸入」とのバランスがとれなくなれば、グローバル経済成長は大きく低下する。この環境で、各国が小さくなる一方の輸出市場を奪い合うようになれば、貿易戦争のサイクルに陥る危険がある。
<主導国なき経済>
経済史家のチャールズ・キンドルバーガーが1970年代に指摘したように、経済危機を前にすると各国政府は近隣窮乏化政策に訴えたい誘惑に駆られる。逆に言えば、「他国の混乱を前にしても資本を提供し、保護主義的な圧力に直面しても開放的な市場を維持し、世界経済の牽引車として景気循環に対抗する行動を毅然と取るリーダーシップが必要になる」。こうしたリーダーシップなしでは、自由なグローバル経済を維持できない。
キンドルバーガーによれば、開放的経済システムの安定性から十分な利益を享受できることを理解しているリーダー国は、他の小国が何もしないでも利益を得ることになると分かっていても、危機を前に自らにできる以上のことを試みようとする。
第一次世界大戦以前のグローバル経� �がうまく機能していたのは、世界金融システムの中枢を担っていたイギリスがリーダーとしての役割を受け入れることに利益を見いだしたからだ。しかし、戦争によって破綻状態に陥ると、イギリスにはもはやリーダーシップを発揮するだけの余力は残されていなかった。
実質的なリーダーシップは1918年にアメリカに移行したはずだった。だが、当時のワシントンの指導者たちは、この機会をうまく生かすような開放的ビジョンを持っていなかった。イギリスはリーダーとしての能力を失い、アメリカはリーダーの役割を受け入れようとはしない。この状況が1920年代から1930年代にかけて続き、その結果生じた、世界経済のリーダーシップの空白が大恐慌を招き入れてしまった。
滝木立MD
戦間期に存在した機会を逃してしまったことを後に明確に認識したアメリカは、1945年以降、世界経済のリーダーとしての役割を積極的に果たすようになった。金融危機が発生したり、世界経済が不安定になったりするたびに、ワシントンは最後の防波堤の役目を果たし、市場の開放性を保ち、グローバル経済の需要を維持することに努めた。
現在、グローバル経済は同じような転換点を迎えている。巨額の経常赤字、銀行システムの混乱、外交の混乱によって弱体化したアメリカには、もはや単独でグローバル経済のリーダーシップを担う力はない。一方で、その役割を新たに引き受ける国も登場していない。中国は十分な金融資産に裏打ちされたグローバルな投資国 ・支援国としての役目を果たせる力を持っており、実際、問題に直面していたヨーロッパ諸国に資金を提供し始めている。しかし、輸入よりも輸出を重視する重商主義的な貿易アプローチをとっている限り、中国が困難な状況にある諸国からの輸出を受け入れる開放的市場の役目を果たすことはない。
グローバル経済が混乱しているときに経済を安定させる責任を引き受ける国がどこにも存在しないとなると、他に代替メカニズムがあるだろうか。キンドルバーガーが懸念するような反動とただ乗りを伴うことなく、需要を保ち、市場の開放性を維持するための各国の協調をG20が作り上げることができるのなら、希望が持てる。金融危機が発生してから1年後の2008年秋にワシントンで開催されたG20会合では、このプロセス� �実際に機能しているかにみえたが、ソウルで開催された最近のG20会合における分裂は、このプロセスにも限界があることを示している。
今回、何とか大恐慌の再来を防ぐことができたのは、80年前とは違って、各国が資金を注入して銀行システムを保護し、金利を極限まで引き下げて、財政赤字を拡大してでも不況による需要不足を緩和するという、適切なマクロ経済政策を実施したからだ。
そして、各国がこれらのような政策を実施できたのは、一つには、80年前よりもはるかに柔軟な国際金融システムがそこに存在したからだ。1920年代、各国の経済政策は金本位制に拘束されていたが、現在では、大恐慌の経験から何をしてはならないかについての教訓を各国が学んでいたため、ある程度は適切な経済政策を実施できた。
だが、経済が回復し始めるにつれて、1933年以降と現在の類似性が表面化しつつある。経済は回復しているが、失業率が高止まりし、多くの製造部門は過剰生産能力を抱え込み、通貨問題をめぐる緊張が高まりつつある。
1930年代のような深刻で大規模な経済停滞に陥るリスクを回避できたと言うのに、政策立案者たちが、19 30年代をポピュリズムとナショナリズムが導く暗黒の時代にしてしまった近隣窮乏化政策を繰り返すとすれば、悲劇としか言いようがない。●
全文は2011年4月号に掲載>>
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